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2005年 12月 13日
***甲斐バンド / 甲斐さんソロ / KAI FIVE の楽曲で 参加者全員が100曲に挑戦する甲斐FANのGIGです。 聞くだけでの参加もモチロンOK! 1・参加者の皆さんで順番に1曲ずつ100(50曲X2Days)曲終了迄このGIGは熱い! * アカペラ ・ カラオケ ・ インスト ・ 弾き語り ・ 聴くだけ 君のスタイルでOK! *もちろん鑑賞にお越し頂くのもOK 2・甲斐バンド・KAI FIVE・甲斐よしひろの発表曲(アルバム・シングル)から100(50曲X2Days)曲に挑戦。 *甲斐さんのカバーナンバーは対象外です。 (「翼あるもの」やサンストでの曲も対象外) *甲斐さんが他のアーチィストに提供した曲も対象外。 甲斐さんのカバー曲や提供曲、及び松藤さん・大森さん一郎さんの ソロ曲等は今後、「GAIソング100連発」仮称 などを今後予定しております。 ご期待下さい! *最後に参加者全員で「破れたハートを売り物に」を盛大に大合唱で フィナーレといたします!が同曲は100(50曲X2Days)曲中に重複可です。 3・当日、会場([KinPouGe])へのお越しの順番が100(50曲X2Days)連発GIGへの参加順番となります。 *御来店時に10曲歌いたい曲を決めてきて下さい。(お一人様何曲出来るか未知数) *歌う事を辞退されても其の権利を他に譲る事は出来ません。 4・当日に1度、どなたかが歌った曲はエントリー出来ませんのでご予定されていた曲が歌えない事があります。 5・諸事情によりDrセットや打楽器の御使用は基本的にしておりません。 どうしてもバンドメンバーが居るなどの場合は必ず事前に打ち合せさせて頂いた上で使用頂ける場合があります。 *パーカッションなどの御使用や持込は事前に必ず連絡下さい。 6・ギターやベース・ピアノやコーラス等で他の方の歌への参加されたい方は必ず事前に直接、歌 われる方に了承を取った上で行って下さい。 7・当日は前金制(\2,000+1ドリンク付き)となっております。 <ジュース・烏龍茶・焼酎・ウイスキー>の中より。 追加ドリンクやフードはその都度、代金と引き換えとなります。 8・歌や演奏への心無い評論・中傷・酷評は退場して頂く事があります。 8・ご自身出演の1つ前には準備席で待機下さい。(チュウーニング可) 9・座席での演奏やリハーサルはリスナーの邪魔になりますのでご遠慮下さい。 10・故意による楽器の破損やその他の破損は実費にて清算させて頂きます。 11・お持ち込み楽器の破損は当事者同士で清算して下さい。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 去る11/6に前編50曲が終わり、今回は後編50曲になります。 マスター殿。やっと告知応援できました。更なるご隆盛を祈念申しあげます! [KinPouGe] http://plaza.rakuten.co.jp/KinPouGe/ #
by soudo335
| 2005-12-13 12:38
| [KinPouGe]
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Comments(2)
2005年 12月 10日
「裏切りの街角」は知っていたし、魅力的な声だとはその頃から感じていたが、甲斐バンドが一番!という程ではなかったことを前節までで述べた。それが変わっていくキッカケは、やはりギターだった。 先に甲斐バンドをコピーしはじめたのはTだ。その頃のTは、アコースティック・ギターでは物足りなくなり、バイトしてエレキ・ギターとアンプを揃えていた。そんなTが、他のグループにサポートを頼まれることになる。その時のレパートリーが、カルメン・マキ&OZ、世良公則&ツイスト、そして甲斐バンドだった。ちょうど「誘惑」がリリースされた頃で、「LADY」の練習に付き合い、伴奏部分を苦手のアルペジオで何度も弾かされ苦労したものだ。その時Tに「今、どのバンドが一番好き?」と訊いたら「甲斐バンド。弾いてて一番楽しい」と答えたことをハッキリと覚えている。「二色の灯」の練習も付きあった。そうして少しづつ、甲斐バンドを聴くようになる。 79年、いきなりカッコいいCMを見てビックリする。出演はなんと甲斐バンド。スプレーでカッコよくロゴを書くのが甲斐よしひろ。「HERO(ヒーローになるとき、それは今)」の登場だ。余計な説明不要だろう。ザ・ベストテン水割り事件をはじめ、一大センセーションを巻き起こす。稚拙な文章力では現せないほど、とにかくカッコいい!Tは「甲斐バンド・ストーリー」のインナーを、自室の壁に飾っていた。 9月を過ぎたある日、Tの自宅で「甲斐バンドNHKホールライブ」のFM音源を聴く。TVでもオン・エアーされたそうだが、受験を控えた時期で、知らなかったのだ。楽曲や歌詞だけでなく、MCにも魅かれた。「非常口の灯りが目に染みるね」「ここでやれるのは紅白歌合戦に出るより素敵なことだ」「覚えたての曲なんで、拍手されると動揺する(笑)」「ロックを書く詩人でありたい」・・・衝撃だった。なんてイカしたバンドなんだろう!俺の音楽は甲斐バンドだ!ハッキリとそう思った。 中でも一番心に残ったMCは、休養中のメンバーの名をステージで紹介したことだ。そう、「見えるだろう?ベース・ギター 長岡和弘!」 REMEMBER335.COMのメイン・ページのキャッチは、このフレーズの伝承であることは、言うまでもない。 #
by soudo335
| 2005-12-10 15:34
| 虜ー私的「甲斐バンド」
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Comments(7)
2005年 12月 08日
中学3年になり、クラス替えがあった。映画のチラシを交換したりして気の合う仲間であったTと、また同級になる。これは“宿命”だったのだろう。彼とはその後の高校でも同級となり、都合4年連続で同級生となる。 新しい級友に刺激的な男がいた。ビートルズに詳しく、当時高額だった「ビートルズ事典」も持っている。そしてなんとギターを所有しており、「マザー・ネイチャーズ・サン」なんかを弾いてしまうのだ。ビートルズは既に解散していたが、ポールはウイングスで「ワインカラーの少女」、ジョージは「二人はアイ・ラヴ・ユー」等々のヒットを飛ばし、チャートの常連だった。刺激的な男=I に影響され、初めて自分の意志でLPを買った。迷った末の1枚は、ビートルズ「LET IT BE 」だった。 I からはギターも教わる。高額であったろうギターでも、I は惜しみなく使わせてくれた。まずは「バラが咲いた」から。当時のギター譜には、歌謡曲はほとんどなかった。指が痛い。指の皮が厚くなる頃、なんとか自分なりに様になった気がしてくる。アルペジオやスリー・フィンガーなんかも教わったが、全く上達しなかった。恥ずかしながら、今もストロークでしか弾けない。 同様にギターを覚えはじめたTは、親戚からクラッシック・ギターを貰い、それに大胆にもフォーク弦を張って練習しはじめた。”天賦の才”と言うのだろう。メキメキと上達していく。地域性なのか、たまたまなのか。カラオケ全盛の今と違い、人前で歌うのは恥ずかしいことだった。ギターで遅れをとり、やむを得ずその恥ずかしいこと=歌を担当するようになる。自作の詩集を持つHを加え、自然とグループのようになっていった。かぐや姫やアリスのコピー、そして覚えたてのコードでオリジナルも作ったりした。 高校に進み、選択科目や部活を選ぶ時、音楽は考えなかった。生意気にも、音楽は学校で教わるもんじゃないと思っていたのだ。でも、練習場所は放課後の教室だった。「GUTS」とかを見ながらギターを掻き鳴らす。「あれ弾ける?」「これヤって!」というリクエストは、同級生達が支持するアーティストの人気のバロメーターだ。そんな中に、深夜放送で聴いて、いい声で気持ちよさそうに歌っているな、と覚えたばかりの曲、甲斐バンド「吟遊詩人の唄」があった。 #
by soudo335
| 2005-12-08 19:55
| 虜ー私的「甲斐バンド」
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Comments(2)
2005年 12月 06日
歌謡曲は身近な、日常的なものだった。越路吹雪や美空ひばりが好きな家族は、小さな店を営んでいおり、店頭のラジオからはいつも歌謡曲が流れていた。モノゴコロがついた頃流行っていたのは、ピンキーとキラーズ「恋の季節」とか、黛ジュン「天使の誘惑」とかだった。家族の団欒には、TVの歌番組が不可欠だった。 歌うことは好きだった。小学校4・5年の時、授業中ノートも採らずに鼻歌ばかり歌ってよく怒られていた。そしていつのまにか”恋に恋する”年頃になる。思春期って奴は、様々なオトナ的なことに憧れ、ありふれた家庭的なことを否定するようになる。音楽もそうだ。西城秀樹体験(!)を経て、歌謡曲なんて、という思春期を迎える。詞とビジュアルでは、ガロ「学生街の喫茶店」が最初だったかもしれない。喫茶店って何するところ?ボブ・ディランって誰?変わった詞とメロディーだな?なんで髪伸ばしてんだろう?これがフォーク・・・?洋楽にも触れながら、次第にいわゆるシンガー・ソング・ライターの詞の世界に自分を投影するようになる。 中学に進み、放送委員に選ばれる。同級生の女の子が「すごくいい曲があるんで、昼休みにかけて!」と持ってきたレコードは、吉田拓郎「結婚しようよ」だった。そんな風に、歌謡曲とは違う音楽を語れることが、同級生との会話には不可欠になっていく。そしてそのメディアは、TVではなくラジオだった。家族が寝静まった後の、深夜放送だ! 「たむたむたいむ」「あおい君と佐藤君」を聴いて、直ぐに「セイ!ヤング」へ。ポップス・ベスト10をチェックする。落合恵子に心ときめかせ、谷村新司で笑い転げる。「パック・イン~」の山本コータロウの日もあったし、「オールナイト~」の南こうせつの日もあった。同世代の同じような悩みや、ちょっと年上の世界を垣間見ながら、意味も解らずカッコいい!と思う洋楽や、日常を代弁してくれるような、大人ってこうなんだと思わせるような「歌謡曲でない曲たち」に出逢う。 あまり聴かなかったが、CMの後のジングルに印象的なフレーズが流れる番組があり、そこでザ・タートルズ「HAPPY TOGETHER」なんかを教わった。それが甲斐よしひろのセイ!ヤング、印象的なフレーズの曲は「ダニーボーイに耳をふさいで」だった。 #
by soudo335
| 2005-12-06 14:52
| 虜ー私的「甲斐バンド」
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Comments(3)
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